BEPSと開発途上国支援

JICAの国際協力事業

みなさんは「JICA(ジャイカ):Japan International Cooperation Agency」という組織の名前をお聞きになったことがあるかと思います。JICAは正式名称を「国際協力機構」といい、日本の政府開発援助(ODA)を一元的に行う実施機関として、法律(平成14年法律第136号)に基づき2003年10月1日に設立された外務省所管の独立行政法人で、その前身は国際協力事業団(1974年8月設立)です。

その活動の目的は、開発途上地域等の経済および社会の発展に寄与し国際協力の促進に資すること、もって国際社会の平和と安定および繁栄に貢献し、これらの協力を通じてわが国の国益にも貢献するという、わが国の開発協力の理念を実現することにありますが、一言でいえば、「途上国への開発協力を通じてわが国の友好国をつくる」ということになるでしょう。

JICAの協力事業は有償資金協力・無償資金協力・技術協力という大きく3つの形態をとりますが、私が参加しているのはこのうちの技術協力の分野です。技術協力では相手国や支援分野に応じて個々にプロジェクトが組成されますが、私は、開発途上国や国際機関の要請をうけて派遣される「専門家」としてこれらに参加しており、開発途上国の税務行政庁における人材開発、組織強化などを活動の目的としています。

私はこれまでカンボジア、タンザニア、モンゴル、インドネシアといった国々のプロジェクトに参加してきていますが、これらの技術支援に対する相手国の評価は非常に高く、プロジェクトの継続や、新たな国々からの技術支援要請が多く寄せられていると聞いており、微力ながらも自身の知識と経験をもってわが国の外交の一翼を担えていることは、私の大きな喜びとするところです。

BEPSとはなにか

昨今国際課税の分野でよく耳にするBEPS(Base Erosion and Profit Shifting)とは、「税源侵食と利益移転」と邦訳され、多国籍企業が「合法的に」国際取引を通じて自己のグループ全体の租税負担を最小化するための裁定的な活動を指し、結果的に多国籍企業が事業活動を行ういずれの国でも課税を受けない「二重非課税」が発生する事象を指します。これは、多国籍企業が各国の課税ルールのミスマッチを利用したり、そもそも現行の国際課税原則がグローバルな経済統合に追いついていなかったりすることを原因に生じてきました。

BEPSは、多国籍企業が活動する国の本来確保されるべき税収を棄損するという有害性をもっています。これに危機感をもったG20のリーダーたちはOECDにBEPS対抗策の検討を要請し、2012年6月に租税委員会を主体とするプロジェクトが立ち上がりました。その後2013年7月に15項目からなる行動計画が公表され、2015年9月に公表された最終報告書が同年11月にG20アンタルヤ・サミット(トルコ)で承認されて、ひとまずプロジェクトが終結しました。

行動計画は、恒久的施設(PE: Permanent Establishment)の定義の再検討、移転価格税制などの国際的租税回避規定や条約漁りを防止するための租税条約規定のあり方、BEPSに関する情報収集方法の検討など多岐にわたりました。最終的に国内ルール、OECDモデル租税条約やガイドラインの規定の制定や修正などを内容とする提言がまとめられ、わが国も必要性に応じてこれらの提言に対応してきています。

BEPSプロジェクトは、新興国・途上国を含む前例のない大規模なグローバル・プロジェクトとなったこと、国際課税問題においてこれまでの二重課税から二重非課税の排除の議論に大きな力点の移行がなされたこと、聖域である国内ルールの改正まで提言が行われたことで国際協調への大きな一歩となったことにその意義が見出されています。

BEPSプロジェクトと開発途上国支援

プロジェクトは一旦終結しましたが、それは実践面における新たなチャレンジの出発点でもありました。前述のアンタルヤ・サミットのコミュニケでは、ポスト・プロジェクトの課題として、プロジェクト・メンバー国が最終報告書の提言に沿って国内法や租税条約の整備を行うこととともに、すべての国・地域をプロジェクトの枠組みに誘引することの重要性が強調されました。多国籍企業の活動が全世界にわたる以上、開発途上国を含めて世界的な規模で対応しなければBEPS対抗策は有効なものにならないからです。

しかし、開発途上国のBEPSへの対応能力は先進国に比して限定的なものにとどまります。このことに気づいていたG20のリーダーたちの要請を受けて、OECDは2014年7月・8月にG20開発作業部会に対し、開発途上国にとって最も重要なBEPS問題を明らかにし、開発途上国がこれらに対応するためにいかにG20が支援を行うかを提言する2部構成の報告書を提出しました。

この報告書では、開発途上国では「ルール」・「執行能力」・「情報」の欠如によって多国籍企業によるより容易でより効果的な租税回避が可能になっているとの指摘がなされ、BEPS対応能力の開発のために、国家主導の改革計画へのBEPS問題の取込み、制度・組織・個人各レベルでのニーズ対応、実践的で集中的な支援などが重要であるとの提言がなされましたが、本報告書の内容は、私自身の開発途上国支援の経験に照らしても、大変示唆に富むものとなっています。

ポスト・プロジェクトにおける開発途上国支援は主に国際機関・地域機関によってなされることが期待されてきました。しかし、日本人である浅川雅嗣租税委員会議長がプロジェクトをリードしてきたことも踏まえ、わが国もプロジェクト・メンバー国として、提言されたBEPSパッケージをわが国の経験・知見とともに啓蒙し、「顔の見える」支援を行っていくことが重要かつ責務でありましょう。幸い、私が参加したモンゴルに対する先のJICAプロジェクト(2017年~2020年)では、BEPSプロジェクトの成果を踏まえ、同国の国際課税関連法制の大改正に貢献することができました。

同国では、引き続き新法制の実施を支援する新プロジェクトが進行中であり、今後も微力ながら、JICA専門家としての支援活動を通じて、国際的な課税秩序の構築に貢献していきたいと考えています。

石黒 秀明

石黒 秀明

石黒秀明国際租税研究室 室長

国税調査官として国税庁・国税局を中心に23年間国税の職場を経験、加えて4年間の財務省勤務経験。
大学院教員、租税法学者として租税法の教育・研究活動に従事。
国際協力機構(JICA)技術協力プロジェクトの税務専門家としてモンゴルなど開発途上国5か国の税務行政能力の向上に貢献。
税理士、支部税務支援対策部委員として納税者の適正申告をサポート、困難な税務調査事案への対応で経験・知見を活かした交渉力の行使により早期の調査終了、納税者の安心回復を実現。

自らの知識と経験を活かした教育・支援活動により理想的な租税社会を構築していきたいとの想いから、「公益」と「啓蒙」を自己の活動理念とし、グローバルな租税正義の実現の一助となるべく多分野において日々奮闘している。
趣味はゴスペルとエアロビクス。

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