1. はじめに
みなさんは、「パブリック・コメント(以下「パブコメ」と言います)」ということばをお聞きになったことがあると思います。パブコメ制度は、国の行政機関が政省令等を決めようとする際に、あらかじめその案を公表し、広く国民から意見・情報を募集する制度で、それらを考慮することで行政運営の公正さの確保と透明性の向上を図り、国民の権利利益の保護に役立てることを目的としており、平成17年6月の行政手続法改正により法制化されたものです。
今回は国税庁が公表した通達改正案に対し、実際に私が意見提出をした件について、お話をします。まだ比較的新しい話題で、大きく報道もされましたので、ご記憶の方も多いのではないでしょうか。
2. 所得税基本通達改正案への疑問
昨2022年8月、国税庁は、業務に係る雑所得に関し、「その所得がその者の主たる所得でなく、かつ、その所得に係る収入金額が300万円を超えない場合には、特に反証のない限り、業務に係る雑所得と取り扱って差し支えない」とする所得税基本通達の一部改正案を公表しました。
私はこれをみて、大きな危機感を感じました。この通達案が通れば、少なくとも税務実務として、年収300万以下の副業を事業所得として申告をしていた人の青色申告控除や損益通算が認められなくなってしまいます。
3. パブコメ意見の提出
この改正案に対し、私は大要以下のような意見を国税庁に提出しました。
(1) 事業所得は法令・判例に従いつつ、最終的に社会通念によって判断されるべきところ、本改正案はその社会通念を課税庁が規定するに等しく、「通達課税」になるのではないか。
(2) 申告納税制度の下では納税者の申告の誤りは課税庁に立証責任があるにも関わらず、反証がなければ他の所得を否認して雑所得として課税するという措置は立証責任の納税者への転嫁である。
(3) 本通達案では青色申告者がその特典を失う可能性があるが、青色申告者は帳簿の整備と正確な記帳で制度創設の趣旨である青色申告水準の向上に寄与することでその特典を得ているのであり、通達でその権利を侵害することは許されない。
(4) 仮に青色申告の諸特典の濫用での節税に対抗したいのであれば、上記のような問題を内在する通達改正ではなく、給与所得控除と青色申告控除の併用制限、損失の他所得との損益通算制限などを立法化して正々堂々と対抗するべき。
4. 改正案の「撤回」と「修正」
国税庁が同年10月に公表した意見公募結果では、この通達改正案に対しなんと7,000件を超える意見(おそらくそのほとんどが反対意見と推察されます)の提出があり、当初の改正案は撤回されることになりました。これは極めて異例のことです。しかしコトはこれでは収まりませんでした。この改正案は、正確には「撤回」ではなく、当初の改正案には全く記されていなかった「年収300万円以下で帳簿書類の保存がない場合には、業務に係る雑所得に該当する」という帳簿書類保存要件が新たに追加「修正」されて成立したのです。
この修正について、国税庁の説明(「雑所得の範囲の取り扱いに関する所得税基本通達の解説」)では、①令和2年の税制改正において、業務に係る雑所得に関し前々年の収入金額が300万円を超える場合に取引に関する書類の保存が義務付けられたこと、②逆に300万円以下の小規模業務経営者にその義務がないこと、から同要件を設けた旨が述べられています。
しかし、本通達改正はあくまでも「業務に係る雑所得」を対象とするものであり、帳簿書類の保存義務と所得の区分判断は全く別個の問題であることから、この国税庁の説明は必ずしも妥当とは言えず、パブコメ制度の趣旨に鑑みれば、この帳簿書類保存要件の新設を対象に別途、意見公募を実施すべきであったと考えます。
5. 国税庁の固執
国税庁は前述の解説の中で、帳簿書類の記録・保存がある場合でも、以下のような場合には事業と認められるかどうかを個別に判断するとしています。
(1) その所得の収入金額が僅少と認められる場合:例えば、その年の収入金額が、例年(概ね3年程度)、300万円以下で主たる収入に対する割合が10%未満の場合
(2) その所得を得る活動に営利性が認められない場合:その所得が例年赤字で、かつ、赤字を解消するための取組(収入を増加させるあるいは所得を黒字にするための営業活動等)を実施していない場合
(1) で「300万円以下」「主たる収入」「10%未満」という用語・数値を用いた副業金額基準がゾンビのように復活していること、(2) で「3年程度の赤字」「経営改善への無取組」といった具体的な判断基準が設定されていること、そしてこの課税方針を一般に開示しているところを見ると、当初企図した通達改正からの後退は余儀なくされたものの、何とかして節税を目的とした副業所得の赤字の損益通算を防止したいという国税庁の強い思いが感じられます。
しかしながら、この解説が通達に準じて税務職員の判断を拘束し、課税業務を行わせることになることを考えると、これもまたパブコメ制度の洗礼を回避した通達改正と言えるのではないでしょうか。
5. おわりに
今回、一部の税理士YouTuberが、通達改正案のパブコメ公募の段階から「速報」として通達改正が決まったかのような動画を流し、その修正後に訂正と謝罪をしているのを見ました。租税法律家としての税理士は、国税庁の意向や行動を無批判に受け入れるのではなく、それらが法令に依拠したものになっているかどうかしっかりとチェックし、必要な時には様々な機会を通じて臆せず声を上げるべきと考えます。このような活動が、納税者の権利保護のみならず、ひいてはそれがわが国の税務行政の質の向上につながると思うからです。